大判例

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大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)50号 判決 1971年12月06日

原告

大国秀夫

被告

株式会社玉置組

主文

一  被告は、原告に対し、金一、七〇八、三九〇円およびうち金一、五五八、三九〇円に対する昭和四五年一月二三日から、うち金一五〇、〇〇〇円に対する昭和四六年一月二三日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は原告の勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

一  被告は、原告に対し、金七、七二六、四三〇円およびうち金六、九九七、四三〇円に対する昭和四四年七月二七日から、うち金七二九、〇〇〇円に対する昭和四六年一月二二日付請求の趣旨拡張等準備書面送達の翌日から、各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

(被告)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二請求の原因

一  事故

原告は次の交通事故により傷害を受けた。

(一)  日時 昭和四四年七月二六日午前八時三〇分ごろ

(二)  場所 大阪市北区梅田町無番地先道路上

(三)  加害車 大型特殊自動車(大阪八す五三九号)

右運転者 市川正文

(四)  被害車 三輪貨物自動車

右運転者 原告

(五)  態様 追突

(六)  傷害 頸椎捻挫、右膝挫創、右上膊肘部挫傷右受傷により昭和四四年七月二六日より同年一一月九日まで一〇七日間入院し、退院後も昭和四五年四月六日までほとんど連日のように通院して、それぞれ治療を受けたが、全治せず、頭痛、左首筋から肩にかけての痛みが残り、これは労働者災害保険後遺障害級別一二級に該当する。

二  責任原因

(一)  運行供用者責任

被告は、加害車を業務用に使用し、自己のため運行の用に供していた。

(二)  使用者責任

被告は、自己の貨物運送業のため訴外市川正文を雇用し、同人が被告の業務の執行として加害車を運転中前方不注視の過失により、本件事故を発生させた。

三  損害

原告は、本件事故により、次の損害を蒙つた。

(一)  療養費

1 治療費 金一、二五二、〇五〇円

2 通院交通費 金一二、七四〇円

3 鍼灸料 金二四、六〇〇円

4 診断書料 金一、五〇〇円

5 氷代 金一、〇〇〇円

6 見舞客接待費 金五二〇円

7 新聞代 金一、五二〇円

8 テレビ賃料 金九、〇〇〇円

(二)  休業損害

(事故時の収入)

原告は訴外内田産業株式会社において貨物三輪自動車持込みで雇われ、同社の建設工事資材の積載運送荷卸し等の業務に従事して収入を得ていた。そして本件事故前三ケ月間の総収入は合計金五〇九、一一〇円で一ケ月の平均収入は金一六九、七〇〇円であり、燃料費(ガソリン等)、雑費(皮手袋等)等の経費の一ケ月平均は金一三、四〇〇円であり、従つて一ケ月間の平均純収入は金一五六、三〇〇円であつた。

(休業期間)

原告は本件事故のため昭和四四年七月二六日より昭和四五年四月一〇日まで八・五ケ月間は休業を余儀なくされた。

(損害額) 金一、三九八、五五〇円

一五六、三〇〇×八・五=一、三九八、五五〇円

(三)  逸失利益

(収入) 年収金一、八〇〇、〇〇〇円

(労働能力喪失) 一四パーセント

原告の後遺症は労災保険後遺障害級別一二級に該当するので労働能力は一四パーセント程度低下したものとみるべきである。

(稼働可能期間) 三三年

(中間利息の控除) ホフマン式計算による(ホフマン係数は一九、九一七)

(損害額) 四、七八八、〇〇〇円

一、八〇〇、〇〇〇×一〇〇分の一四×一九=四、七八八、〇〇〇

右のうち金四、三四五、九五〇円を本訴で請求する

(四) 慰藉料 金一、四九〇、〇〇〇円

請求原因一の(六)記載の入・通院、後遺症からすれば、慰藉料は金一、四九〇、〇〇〇円を下らない。

(五) 損害の填補

原告は、自賠責保険金として合計金九一〇、〇〇〇円(後遺症補償金三一〇、〇〇〇円を含む)、被告より金六三〇、〇〇〇円(仮処分命令による金三〇〇、〇〇〇円の支払いを含む)の支払いを受けたので、これを右各損害金の内金に充当した。

(六) 弁護士費用 金七二九、〇〇〇円

四  よつて原告は、被告に対し、前記三の(一)ないし(四)、(六)の合計金九、二六六、四三〇円から前記三の(五)の金一、五四〇、〇〇〇円を控除した金七、七二六、四三〇円およびうち前記三の(六)の金七二九、〇〇〇円を除く金六、九九七、四三〇円に対する不法行為の日の翌日である昭和四四年七月二七日から、うち金七二九、〇〇〇円に対する昭和四六年一月二二日付請求の趣旨拡張等準備書面送達の日の翌日から、各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する答弁および主張

一  請求原一の(一)ないし(五)、二の各事実は認めるが、三の損害額は全部不知。

二  原告は昭和四五年四月二七日手島外科病院での治療を打切つた当時において本件事故による傷害は全治したものであり、その後同病院に通院したり、後遺症があるとしても、本件事故との因果関係があるか否か極めて疑わしい。また、原告主張の新聞代、テレビ賃貸料、マツサージ料、ハリ代についても本件事故との相当因果関係性がない。更に原告は運送事業を営んでいる者であるところ、運送事業を営む者は運輸大臣の免許を受けなければならないのに、免許をえずになしていたもので、従つて違法な状態で利益を得ていたのであるから、休業損害は認められず、仮りにそうでないとしても、収入の確実性永続性の点において免許を有するものに比べて収入は低く認定されなければならない。

三  原告は、本件第一回口頭弁論期日において陳述した訴状において、原告には後遺症はないとの主張をしていたのに、その後後遺症の存在を主張し、請求を拡張したものであつて、右は自白の撤回にあたり、許されない。

第四右主張(自白の撤回)に対する答弁

一  自白は成立していない。

原告は訴状請求原因三の(三)の3において「後遺症はない」と主張したのに対し、被告は第一回口頭弁論期日に陳述されたものと看做された答弁書において「請求原因三の(一)ないし(三)の事実は不知」と述べており、原告が請求の趣旨拡張等準備書面で後遺症についての主張をなすまで、原告に後遺症がないとの点で陳述の一致はなかつた。従つて、右の点につき自白は成立していないので、原告の後遺症についての主張は自白の撤回にあたらない。

二  仮りに自白が成立しているとしても、原告は既に訴状において、「治療継続中であること」、「頭痛が度々発生し」、「将来この頭痛が解消する見込みは薄いと診断され」等と主張していたもので、かつ、現に治療中であつたものであるから、原告の後遺症がないと主張は、真実に反し錯誤に基くものであることが明らかであるから、自白の撤回(取消)が許される。

第五証拠〔略〕

理由

第一  請求原因一の(一)ないし(五)、二の各事実は当事者間に争いがない。

第二  受傷

一  〔証拠略〕を綜合すれば、原告は、本件事故のため頸椎捻挫、右膝挫創、右上膊部挫創の傷害を受け、手島外科病院に昭和四四年七月二六日から同年一一月九日まで一〇七日間入院し、退院後も昭和四五年一一月一七日まで実通院日数一三〇日の通院をなして、それぞれ治療を受けたが、頸部左側大後頭神経部圧痛著明、頸椎に運動制限を残し(前屈一四〇度、後屈一二〇度、左屈一六〇度、右屈一六〇度、左回旋六五度、右回旋六五度)、その症状は遅くとも昭和四五年四月頃には固定した事実が認められる。なお、〔証拠略〕には原告の後遺症状は神経症的症状で単なる自覚症状である旨の記載があるが、右は原告が昭和四六年五月中旬頃、国立大阪病院へ僅か一回通院して検査を受けた際の検査の結果が記載されたものであることが、同書証の記載自体に照して明らかであり〔証拠略〕と対比して措信しがたい。

二  被告らは、原告が当初後遺症はないとの陳述をなしていたところ、その後後遺症の存在を主張するに至つたもので、右は自白の撤回にあたると主張するが、後遺症の存否、程度は、一般に交通事故による損害賠償請求において損害額を算定するうえでの一事情にすぎずまた、右はいずれも極めて専門的知識を必要とする事柄で常に法律的判断を伴うものであるから、固有の自白の対象となる事項ではないので、後遺症に関する陳述を自白の対象となることを前提とした被告の右主張はその余の点を判断するまでもなく失当であつて、採用の限りではない。

第三  損害

一  療養費

(一)  治療費 金一、二五二、〇五〇円

〔証拠略〕により原告の前記手島外科病院における治療費が合計金、一、二五二、〇五〇円である事実が認められる。

(二)  診断書代 金一、五〇〇円

〔証拠略〕によりこれを認める。

(三)  通院交通費 金一二、七四〇円

〔証拠略〕によりこれを認める。

(四)  入院雑費 金三二、一〇〇円

原告の前記一〇七日の入院期間中一日につき金三〇〇円程度の入院雑費を要したであろうことは経験上明らかであるから、入院雑費は金三二、一〇〇円となる。

(五)  原告は、鍼灸料金二四、六〇〇円、氷代金一、〇〇〇円、見舞客接待費金五二〇円、新聞代金一、五二〇円、テレビ賃料金九、〇〇〇円の諸雑費の請求をするが、鍼灸については果して本件受傷による治療に必要であつたかどうか、仮りに必要であつたとしても、原告主張の費用全部が本件受傷につき相当であつたかどうか疑わしいので、諸雑費につき入院雑費として認容した以外は、本件事故との相当因果関係ありと認めることができない。

二  休業損害

(一)  〔証拠略〕によれば、原告は昭和四二年頃より土木建築業を営む内田産業株式会社からの注文に応じ、原告所有の三輪貨物自動車を使用して工事用丸太やパネル機械類等の運送をなすを業とし、同会社から運送料を得ていたもので、事故前三ケ月間の運送賃総収入は合計金五〇九、一一〇円で一ケ月平均金一六九、七〇三円であつた事実が認められる。原告は、三輪貨物自動車を持ち込みで同会社に雇われ、右同額の給料を得ていたものであると主張し、原告本人はその旨の供述をするが、右はたやすく措信しがたい。

(二)  原告は経費として燃料費(ガソリン代等)、雑費(皮手袋代等)など毎月平均金一三、四〇〇円を要したのでこれを差し引くと毎月平均金一五六、三〇〇円の純収入を得ていたと主張するが、右以外にも自動車の修理費、減価償却費、事務費等を必要経費として差し引くべき筋合のものであることが明らかである。

(三)  また、前記認定の原告の職業は他人の需要に応じ自動車を使用して貨物を運送する事業を営んでいたものというを妨げず、従つて道路運送法により運輸大臣の免許を受けなければならないものであるところ、〔証拠略〕によれば、かかる免許を受けていなかつたものであることが明らかであるから、原告の右事業経営は同法に違反し、処罰の対象となりうるものである。しかしながら、原告が他人と締結する運送契約が私法上当然無効となるものではなく、運送賃の支払いを請求する権利を有するものというべきである(最高裁昭和三九年一〇月二九日判決、民集一八巻八号一八二三頁参照)から、事故により負傷し、休業のやむなきに至り運送賃取得の機会を失つた以上、損害は生じているものとみざるをえない。但し、その違法性の度合は微弱とはいえ違法な手段、方法により利益を得ていたことは疑いなく、右の事業による収入が恒常的に取得しうるものか否かも疑わしく、正規に免許を受ければ運行管理の上でなお必要な経費の生ずるであろうことは容易に推認されるところである。

(四)  以上の各点と〔証拠略〕によれば、本件事故当時原告方の生活費として原告が毎月金一〇〇、〇〇〇円程度を妻に渡し、これによつて、原告ら夫婦および子供二名(当時六才と四才の女児)の生計が保たれていたこと、本件事故後、昭和四五年四月中旬頃より原告は従前どおりの仕事に従事し、毎月平均金一五〇、〇〇〇円程度の収入を得ていることがそれぞれ認められるので、これらを考え併せ、原告の本件事故当時の原告の純収入額を控え目に見積つて毎月平均金一〇〇、〇〇〇円程度と推認するを相当と認める。

(五)  しかして、前記第二の一認定の原告の受傷の部位、程度、入・通院状況からすれば、原告の休業期間は主張どおり八・五ケ月間と認めるのが相当であるから、原告の休業による損害は金八五〇、〇〇〇円と算定される。

一〇〇、〇〇〇×八・五=八五〇、〇〇〇

三  遺失利益

原告は後遺症による逸失利益として金四、七八八、〇〇〇円の内金四、三四五、九五〇円の請求をするが前記認定のとおり、原告は昭和四五年四月中旬頃より従前どおり稼働し、従前と同程度の収入を得ていることが認められるので、逸失利益を認めることはできない。

四  慰藉料 金九五〇、〇〇〇円

前記第二の一認定の事実その他本件に顕れた一切の事情を考慮して、慰藉料を金九五〇、〇〇〇円とするを相当と認める。

五  損害の填補

原告が自賠責保険金として金九一〇、〇〇〇円、被告より金六三〇、〇〇〇円(仮処分命令による金三〇〇、〇〇〇円の支払いを含む)の支払いを受けたことを自認しているので、右は原告の前記損害金の支払いに充てられたものとみるべきである。

六  弁護士費用 金一五〇、〇〇〇円

本件事故と相当因果関係にある損害として被告に賠償を求めうる弁護士費用は本件事案の内容、認容額等を考慮して、金一五〇、〇〇〇円とするを相当と認める。

第四  従つて原告は、被告に対し、前記第三の一ないし四、六の合計金三、二四八、三九〇円から前記第三の五の金一、五四〇、〇〇〇円を控除した金一、七〇八、三九〇円およびうち前記第三の六の金一五〇、〇〇〇円を除く金一、五五八、三九〇円に対する本件訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四五年一月二三日から(右債権は請求によつて遅滞に付されるものと解する)うち金一五〇、〇〇〇円については、右の日以後である昭和四六年一月二二日付請求の趣旨拡張等準備書面送達の日の翌日であること記録上明らかな同月二三日から、各支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めうるものであるが、原告のその余の請求は理由がない。

よつて原告の請求は主文第一項掲記の限度でこれを認容し、その余の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉崎直弥)

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